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大阪高等裁判所 昭和31年(ウ)518号 決定

申請人 株式会社太田鉄工所

被申請人 篠原幸造 外六名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

本件申請の要旨は末尾添付申請書記載のとおりである。

被申請人(債権者)より申請人(債務者)に対する大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第一八二一号従業員地位保全仮処分申請事件について、同裁判所が昭和三一年一二月一日言渡した仮処分を命ずる判決に対し、申請人は控訴を申立てるとともに、本件申請を以て右判決の執行の一時停止を求めるものであることは右申請書その他本件記録に徴し明かである。

按ずるに、仮処分を命ずる判決に対し控訴を提起した場合、右判決を一時停止する裁判を求めることができるか否かについては民事訴訟法上直接適用すべき規定がないけれども、同法第五〇〇条第五一二条をこの場合に類推適用し之を積極に解するを相当とする。しかして右規定を類推適用してかかる執行停止の裁判をなすには、その要件として、まづ仮処分債務者が不服の理由として主張した事情が法律上理由ありと見え且つ事実上の点に疎明があつたとき(同法第五〇〇条第一項中昭和二九年法律第一二七号による新設の部分類推適用)換言すれば、仮処分における被保全請求権の存在若くは保全の必要の疎明がなく、仮処分の判決に対する控訴の理由ありと見えることを要するのみならず、更に執行停止の対象である保全処分命令の性質に鑑み当該保全処分を命ずる判決の執行により債務者に対し回復することのできない著しい損害を与うる虞あるとの疎明あることを保証の有無に拘らず(同条第二項参照)必要とするものと解すべきである。よつてまず本件において右仮処分を命ずる判決に対する申請人の控訴申立の理由ありと見える状況にありや否や即ち、右仮処分の被保全請求権及び保全の必要の疎明の存否につき判断するに、この点につき申請人は「申請人は昭和三一年八月一五日株主総会の特別決議によつて解散したのであり、右解散の無効は株主総会決議無効確認の訴によらなければ、裁判所と雖も判断することが出来ないに拘らず、原判決は、仮処分判決に於て右解散は無効である旨判決したものであるから、原判決は違法である。」と主張するが、株主総会の決議が無効である場合には、決議取消と異り、何時でも利害関係ある者は決議無効の訴によると、他の訴訟中において抗弁として又は、前提条件たる法律関係として之を主張することができ、従つて裁判所も亦従業員地位保全の仮処分が訴訟においてその前提要件として主張された株主総会決議無効の有無の判断を為すことを得るものと解するを相当とする。蓋し、株主総会決議取消の訴は形成訴訟であるから必ず訴の方法によるを要するに反し、株主総会決議無効の訴は確認訴訟であるから、必ず訴の方法によらなければ、決議の無効を争い得ないものでなく、唯訴によつた場合にその判決の効力が対世的効力を有する(商法第二五二条)に過ぎないものと解すべきであり、かく総会決議無効の判決に対世的効力を付与したことによりその訴訟に形成的性質を与へたものと認むべき理由のないことは明かだからである。従つて原判決が本件従業員地位保全仮処分事件において申請人会社の解散が当然無効であると判断したのは申請人所論の如き違法あるものではない。その他右仮処分事件について被保全請求権及び保全の必要の疎明あること本件仮処分判決の挙示するとおりであること前記判決写により一応認められ、記録を調査するも右仮処分事件において被保全請求権若くは保全の必要の疎明なきこと従つて申請人の右控訴が理由ありと見える情況は一応之を認めることができない。よつて次に本件仮処分を命ずる判決の執行により債務者たる申請人に対し回復することのできない著しい損害を与へるか否かの点について考察する。申請人が、疎明として提出した原判決写によると、本件仮処分は、「被申請会社(本件申請人)は、申請人等(本件被申請人等)をいずれもその従業員として取扱い、且つ申請人大野に対し昭和三一年八月一七日以降その余の申請人等に対し同年九月一七日以降それぞれ昭和三二年一月一六日に至るまで別紙平均賃金一覧表記載の各金員を同表記載の各支払期に支払わなければならない。」というのであるから、本件申請人に金員の支払を命じた部分は、本件被申請人等に終局的満足を得せしめ、仮処分本来の目的である権利保全の範囲を逸脱しているかの如き外観を呈しているが、前記判決写によつて明かな如く、本件仮処分は、本件申請人が本件被申請人等を解雇したところ、被申請人等は右解雇は不当労働行為で無効であることを理由として本件申請人に対し、従業員としての仮の地位を定めること及び賃金の仮の支払を求めるにあつて、民事訴訟法第七六〇条にいわゆる仮の地位を定める仮処分であると共に労働関係を内容とするものである。かかる仮の地位を定める仮処分にあつては、法律関係の不確定の為に生じる著しい損害を避け又は急迫な強暴を防ぐ等の理由で暫定的な地位状態を形成し、これを維持実現する必要がある場合には、その必要の限度において仮処分を許容し得るものと解すべく、前記判決写によると、原判決は、仮処分の必要性とその程度につき、「申請人等(本件被申請人等)がいずれも会社(本件申請人)からの賃金を以て生活の資としている者であることは明かであつて、会社の解散、解雇の措置によつて自らの生活危機を招来し、本案判決の確定をまつて回復し難い損害を蒙るおそれのあることは明かであるから、当面の生活危機を緊急に排除するため仮処分による保全の必要がある。」旨判断し、昭和三二年一月一六日迄の平均賃金を仮に支払うことを本件申請人に命ずる限度において保全の必要があるとし、賃金の仮の支払を命ずるについても最少限度の緊急の必要の程度に止めていることが明かであるから、労働仮処分と仮の地位を定める仮処分の特質に鑑みるときは、原仮処分が金員の仮の支払を許容したことは、必ずしも仮処分の本来の目的たる権利保全の範囲を逸脱したものと謂うことはできない。他面において申請人会社はその発足当初従業員六、七名に過ぎなかつたが本件解雇当時は十四名に増員しその間機械設備も漸次拡充強化し、堅実な得意先を持ち受注豊富で賃金の遅欠配も未だ嘗てなく、小企業とは云へその経営は昭和二九年頃から極めて順調の一途を辿つて来たこと、並に本件解散決議は申請人会社の事業不振又は組合の業務阻害のため将来申請人会社を維持運営して行く意欲の喪失した結果によるのでなく寧ろ企業の所有並に経営者において組合を極度に嫌悪し従業員全員を解雇して組合を壊滅する意図の下になされたものであることが疎明されていることは前掲仮処分の判決の挙示しているところであるから、かかる状況の下においては本件仮処分を命ずる判決の内容が申請会社に対しその主文表示の如き賃金の支払を命じ、債権者の満足を得せしめるものであつても、之を以てその執行によつて申請人会社が回復すべからざる著しい損害を蒙むるものと認めることはできないものと謂はねばならぬ。

之を要するに、本件執行停止の申請は、本件仮処分を命ずる判決に対する申請人の控訴の理由ありと見え且つ右判決の執行により申請人に償うべからざる損害を与へる虞あるものとなすべき疎明がないから、その理由がないと認め之を却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

(別紙)

申請の趣旨

申請人及被申請人間の大阪地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第一八二一号仮処分申請事件の判決に基いて為す強制執行は一時これを停止する。

申請の理由

一、大阪地方裁判所は申請人及被申請人間の前記事件に付て昭和三十一年十二月一日申請人敗訴の判決が言渡され該判決正本に基きその強制執行を為す虞れがある。

二、申請会社は昭和三十一年八月十五日株主総会の特別決議によつて解散し清算事務に移行して居るものであるが右解散の無効は株主総会決議無効確認の訴によらなければ裁判所と雖も判断することが出来ないのに拘らず原判決は仮処分判決に於て右解散は無効である旨判決したもので違法である。

抑々株式会社の解散決議は商法第四百五条、第三百四十三条に従つた株主総会に於ける特別決議であるが之が無効は会社、株主、会社債権者、その他の第三者につき合一に確定することを要するから行為法上の法律手続に関する民法総則の規定を以て律することは出来ないもので特殊の法理の支配を受けなければならないものである。

而してこの種の判決は性質上何人に対しても合一に確定せらるべきもので判決の効力は訴訟の当事者に限らず第三者にも及ぶものであるから商法第二百五十二条の規定に従ひ総会の決議の内容が法令又は定款に違反することを理由として決議無効確認の訴を以てのみ主張し得るものであるし裁判所と雖も、該訴訟に於てのみ始めて右決議の無効に付て裁判を為し得るに過ぎないものである。本件の如く会社の雇人たる従業員が地位保全の仮処分申請に於て会社の解散決議が無効である旨を主張しても仮処分裁判所はその仮処分判決に於て解散決議の無効につき判断を為す権限を有するものではない。

原判決はこの点に於て商法の規定に違反し控訴会社株主総会が経営の維持が困難となつた為、商法所定の手続を以て為した合法なる解散決議に付てその無効を判断したもので違法であると謂はなければならない。

これ以外にも原判決は営業廃止の自由の濫用であると誤つた判断を為し且ありもしない解散権等の観念を案出し之が濫用であると判断したり株主は使用者でもないのに使用者でなければ為し得ない不当労働行為として解散が無効である等誤つた判断が多いので申請人は昭和三十一年十二月十三日御庁に対し控訴を提起したので、これが強制執行停止の緊急なる措置を求めるため本申請に及んだ次第である。

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